私は、仕事でパニック障害になり、それでも続けていたら、鬱になりました。

私は、システムエンジニアをしています。
ITバブルと言われていた時期は、本当に忙しくて1人で3人分の仕事をしないと間に合わない状態でした。
私は、仕事が好きでいつか独立したいと思いながら、この厳しい状態を頑張りました。

ある日、通院電車の中で、激しい動機、我慢が出来ないほどの嘔吐間、過呼吸手足のしびれと、いろいろな事が一気に起きました。
私は、途中下車して、トイレで吐き、しばらくベンチで休んでから、仕事に向かいました。

私は、この当時、独立し、フリーランス形態で仕事をしていたので、倒れたら収入は0になってしまうので、この発作を無視して仕事を続けました。やはり疲れと激しいストレスと睡眠不足がでどんどんこの発作が増えていきました。

私は、この発作を深く考えない様にしていました。仕事をなくして、信用がなくなるのが怖かったからです。
今まで築き上げた信用は一瞬して、なくなってしまう事は先輩たちを見て分かっていたので、必死でした。

その仕事も、ひと段落した頃から、ベットが生きるのが億劫で、起きる事が出来なくなってしまいました。
仕事は、取ってしまったので、電話対応と、自宅でやる事で何とかなりました。
私は、プライドが高かったので、精神科に行く事がそうしてもできませんでした。

しかし、その当時から心療内科が出来てきました。
精神科という言葉より、なんとなく敷居が引くと思って、思い切って行ってみました。
病状は、パニック障害と鬱である事がわかりました。とにかく順番的には、まず状態を改善する事から始めました。

薬での治療ですが、パキシルという精神科ではよく使われる薬から始めました。

2週間位してから、効いてくるという事で、1日一錠をに見ました。副作用があるかもしれないと言われましたが、それはありませんでした。

2週間、経っても効いているのかは正直、分かりませんでした。正直、パニック障害の発作が強すぎて、正直、薬を飲んでいるだけという形でした。診察は週に1度に頻度で行きました。私は、正直にパキシルの薬が効いていなと感じる事を伝えました。

その事よりも、発作の予想が効かないパニック障害が怖いという事を話しました。

そこで、セニランという薬を朝、昼、晩と飲み事になりました。
この薬は結構、有効でパニックの発作の恐怖は薄れました。
しかし、仕事から離れた事でのストレスもあり、どうしてよいか分からなくなりました。
独立を目標にしていたのに、こんな病気ですべてが失われた気持ちになり、また、鬱状態にまりました。

パキシルとセニランの量を増やし様子をみる事になりました。
私は、正直、鬱の状態より、パニックの予期できない発作から逃れたいという気持ちが大きくなりました。
私は、先生に素直には増しました。

それから、薬をジョイソロフトに変えてもらい、トリプタノールと頓服でセニランで様子をみる事にしました。

このジョイソロフトという薬が、かなり良くて、飲んでいく内に自分でわかる位、発作がなくなりました。
私は、このパニック障害が鬱につながっていると思い、パニック障害の治療に専念する事にしました。
今まで、結構、死にたいって思う事が多くて、楽しい事をしてもつらいという状況から、素直に楽しいと思う様になりました。

当分の間、この薬で様子を見る事になりました。
私は、気持ちが活発になって、出かける様になりました。私は、ハード系のリサイクルショップが大好きだったので、毎日の様に行きました。お金は、仕事ばかりで使う暇がなかったので、少し余裕があったので、何も間会えないで、楽しむ事にしました。

ここで、私の人生を変える出来事がありました。
いつも、心療内科に行くのですが、必ずいう女性がいて、たまたま隣の席に座った時にいろいろ話が出来ました。
彼女も仕事のし過ぎで、パニック障害になったという事でした。

私達は、会うたびにいろいろな話をしていたのですが、心療内科や薬以外で病気に良い事が出来ないかと思い始めました。
私達は、自然や動物に触れる事が病気に良いのではと考え、週に1度ドライブに行くようになりました。
私達は、心療内科でこのドライブの事をはなしたら、先生は大賛成してくれました。
私達は、同じ病気という事で、発作が出ても大丈夫という安心感がありました。
私達は、病気の事について情報交換もしていました。

私は、ジョイソロフトをお勧めしたのですが、彼女には合わなくて副作用が出てしまったという事だたので、トリプタノールの量を増やす事で、処方してもらっていました。

私達は、世間体が気になるタイプだったのですが、彼女に出会ってからは、私達がよければそれが正しいと思うようになり、すごく
楽になりました。私は、この女性と付き合う事になりました。それから、診察は二人で入る事にしました。

お互いがお互いの病気のことをチェックする事にしていたので、先生にうまく伝える事ができました。
私も彼女も、発作の起きる確率がすごく少ないくなっていました。
ただ、不安だったのが、今のゆっくりした状態だから、良くなったのではないかという疑問と恐怖でした。
しかし、私はこの彼女と結婚したいという気持ちになり、思い切って社会復帰しました。
先生からもあまり賛成されなかったのですが、収入がなければ始まらないので、何とか頑張って仕事に復帰できました。

今は、結婚して彼女と賃貸を借りて生活しています。
もちろん、心療内科も週に1度、診察を受けています。
先生も応援してくれているので、私達はこの病気で、人生をあきらめている人達に、少しでも希望をもってほしいので、病気でも幸せになれる事をこの結婚生活で伝えたいと思っています。