仕事とプライベートでショックを受けて

僕の親友がうつ病になっております。
彼はうつ病になるような人間だとは思っていませんでした。なぜなら、うつ病は真面目すぎる人や優しすぎる人などがなりやすいと聞いていたからです。
彼はどんな性格かと言えば、もちろん適度に気を使う人ではありますが、割りと言いたいことは言いますし、マイペースなところもあります。
そんな彼と僕は波長が合うなと思って、学生時代からの長い付き合いをしていたのです。

しかし、あるとき彼から相談があると飲みに誘われました。社会に出てからは会うのは一年に一回か、またはそれ以下と言う感じです。
お互い仕事も順調だし、それでいて忙しいのはお互い解っているので。しかも彼には婚約者もいますし。そんなことで、僕らはたまに連絡を取るくらいでいました。
そんな感じなので、彼から相談と言う形で飲みに誘われるのは珍しいと思ってはいたのです。

その時は一年以上ぶりの飲みでした。最初はいつも通りに話していましたが、どうも様子がおかしいことに気づき、とりあえず相談とはなんだと本題へ。
彼は仕事を辞めたいと言いました。
ビックリして何があったのかを聞くと、仕事で大きなミスをしてしまい、その一件で会社の人から信用を失ってしまったようなのです。
どうやら彼一人のせいではなかったようなのですが、周りに言いくるめられて彼が悪いと言うことになってしまったようで。
それを聞いてひどいなと思い、もう辞めてもいいんじゃないか、また新しいところを探せば良いと慰めて、そのあとも話を聞きつつその日はお開きにしました。

それから数ヵ月たって様子はどうかなと思い、連絡をしてみましたが、全く反応がなく、どうしたのかなと心配になりまして。
携帯に着信は残っているしメールも打っておきました。しかし何の返事もない。
しばらくして他の友達に連絡をしてみて、そこで彼がうつ病にかかってしまい、完全に閉じこもっていると解ったのです。

なんとか僕らは他の友達にも話をして彼の心の闇を取り去ろうとしたのですが、まず彼が誰の連絡にも出ることはないので話が進みません。入ってきた話によると、彼は毎日メンタルクリニックの先生のもとに行き、話をして帰るということを続けているらしいのです。
今は実家で母親が付きっきりになっていて、世話をしているとのことです。
そして新たな新事実として、実は婚約も破棄になってしまったようで。彼は少し前から様子がおかしくて、当時の婚約者もなんか変だと思っていたらしく、結果的に仕事も辞めるということで、婚約も無しになったとのことでした。
その仕事とプライベートの二つのショックで彼のうつはひどくなってしまったのです。

それから今は三年ほど経っていますが、今でも相変わらず連絡はほぼ取れない状態です。
僕らは彼の実家にも時おり顔を出していますが、それで彼の顔が見れるかどうかもその時のコンディションによります。
ただひとつ言えるのは、彼の母親も疲れているのは解りました。僕が彼の実家に行くと母親とも話をしているのですが、彼の状態は以前に比べたら少しは良くなっているらしいです。
しかし、まだ目を離すと階段の前でボーッとしていたり、時に乱暴な言葉を発したりするので目が離せないらしいのですね。
僕も少しでも力になれればと伝えてはいますが、実際にはどうして良いかも解らず、とりあえずはたまに彼の実家で母親の話を聞くしかないのかと、少し悲しい気持ちを持ちながら僕も時間を過ごしています。

あんなに明るくて元気で、芯の強い彼がなぜこんなことになってしまうのか、昔の彼を思い出すと今でも現在の状態が信じられません。
僕らもうつ病に関しての勉強もして、いつでも協力できるようにしています。
彼は母親には言っているようです。僕らが心配してくれているのが申し訳ないと。正直それを聞いて驚きました。
申し訳ないじゃなくて嬉しく思ってほしいのに。かえって僕らの心配が彼をさらに辛くさせてしまっているのかと考えてしまいます。
しかし母親からすると、たまに顔を出してくれるのはありがたいと。本当は彼も会いたい気持ちはあるのだろうけど、なかなか顔を出せなくて。
とりあえずかつての友達とも会えなければ社会復帰なんてあり得ないことです。やはり最終的にはまた働きはじめて全うな生活をしてほしいと母親も僕も望んでいるし、もちろん本人もそれが一番だと思っているはずです。

彼のうつ病は周りからするとやや思い方で、治るまでにはまだ時間かかかると思います。
それを思うと僕らも心が疲れて病んでしまいそうになりますが、そこは自分自身でもしっかりとコントロールをして、彼の一日も早い回復に協力していきたいと思っています。
彼にうつ病を発症させた会社には憤りを感じますが、逆に僕らも同じことをしないように心がけなければいけないと強く感じます。
しかし、今でも思うのは、彼に相談を受けたときにもっと親身になってあげられればということです。